大田の口説き


【那須野(六調子)】

秋の真夜中那須野が原は 野菊乱れて狐の臥所

虫の声さえ且つ絶え絶えに 荻の枯穂を吹く夜嵐は

ながめ寂しくまたものすごし 野辺の狐火思いに燃ゆる

燃ゆる思いに焦がれていでし 見るもあでなる玉藻の前は

萩の下露踏砕きつつ 月にそむけて恨みの言葉

過し幾年雲井にありて 君が情に比翼の契り

衾重ねて語りしことは 胸にしばしも忘れはやらじ

ひとり涙に今かこち草 濡れてしおるゝ振袖の雨

何をかくさんこの我れこそは 初め天竺班足太子

太子埋めし其の墳の神 次に渡りし唐土にては

股の内王の后となりて 褒姒姑己と世に歌われて

国を傾け栄華を尽す 更に渡りし日の本にては

鳥羽の帝に召し出されて 名をば賜り玉藻の前と

お宮仕えに乗る玉の輿 秋の半ばに清涼殿の

御遊ありたる其の御時に 月はまだ出ぬ宵闇の空

旋風ふき来て砂を飛ばし つけた燈火みな消え失せて

室は忽ちぬばたまのやみ 折りも折とて我が身の毛より

光り放ちて四方を照らす これが原因にていとも畏くも

君の御脳にかからせ給う 桐の一葉は秋風立ちて

変る昨日や今日飛鳥川 玉のうてなもむしろの針よ

今は浮世をみのかくれ笠 花の都を見すててあとに

落ちて行く身は白河の関 たどりついたる那須野が原よ

姿くらまし化けたる石を 玄翁和尚に打ち砕かれて

ついにはかなき殺生石と 人に疎まれ世に憎まれて

つらきこの身のあさましさよと かこち歎くぞ哀れな次第